公開日 2026.06.08

教員・研究者紹介

生物資源科学部 児玉 基一朗 特任教授​

地域に眠る酵母が、未来を変える。
“ローカル酵母”で地域を活性化する、児玉基一朗特任教授の研究​

島根大学WEBマガジン
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地域に眠る微生物が、新しい地域の魅力になる――。
島根大学 生物資源科学部先鋭研究部門の特任教授・児玉基一朗先生 は、地域の花や果実、樹木などから『ローカル酵母』を採取し、その土地ならではのビールや日本酒、パンなどの商品開発へつなげる研究を進めています。
専門は、植物病理学(有害菌)と発酵微生物学(有用菌)。長年、植物の病気を研究してきた児玉先生は現在、「ローカル酵母」と呼ばれる地域由来の微生物に着目し、“おいしい地域資源”を活用した新しいものづくりに取り組んでいます。
地域企業や自治体と連携しながら研究成果を社会へ還元する。その挑戦には、地方大学だからこそできる地域との関わり方がありました。

目次

病気の研究者が、発酵の世界へ

「もともとの専門は、植物病理学です」
そう話す児玉先生は、愛媛県宇和島市の出身。愛媛大学を卒業後、名古屋大学大学院へ進学し、その後は鳥取大学で30年以上にわたり研究を続けてきました。研究テーマは、トマトやナシなどの植物がなぜ病気になるのかを解き明かすこと。病原菌の遺伝子を解析し、発病の仕組みを探る基礎研究に、長年にわたって向き合ってきました。
そんな児玉先生が発酵研究へ踏み出すきっかけとなったのは、約10年前、鳥取市鹿野町で地域おこしに関わっていた知人との出会い。

「地域の酵母を使って、クラフトビールを作れませんか?」
当時は、全国各地で小規模なクラフトビール醸造が広がり、“地域ならではのご当地ビール”への関心が高まり始めていた頃。 時を同じくしてその意義への注目が高まった”地産地消”についても言及し「水や農産物だけじゃなく、酵母も地域のものにできたら面白いんじゃないか」という話になったとのこと。
児玉先生自身、当時は発酵学の専門家ではありませんでした。しかし、植物病原菌を扱う研究の中で、自然界からさまざまな菌類を分離・培養してきた経験を活かせる場として、ビールづくりへと歩みを進めることになったのです。

「植物病原菌を採取する時、実は酵母もたくさん混ざってくるんです。酵母も菌類の仲間ですから」
"有害菌"を研究してきた研究者が、人の食に大きく関わる"有用菌"の世界へ。そのことについて児玉先生は「180度違う分野だった」と静かに振り返ります。
しかし、研究は順調なことばかりではなく、自然界に生息する多数の酵母種のうち発酵能力を有する酵母はごく一部であるため、発酵酵母が分離できなかったり、たとえ発酵力を示しても目的とする製品開発には不向きであったりと基本的な問題解決に試行錯誤する日々。
どこにでもあるものとして接してきた酵母ですが、発酵を経て食に還元できる酵母はほんの一部。そんな、酵母との付き合いを印象的に語られていました。
その後も児玉先生は、地域企業や醸造所と試行錯誤を重ねながら、少しずつ商品化への道を切り拓いていきました。

“地域の物語”を味に変える

児玉先生の研究には、一貫したテーマがあります。
それが、「ストーリー性」と「オンリーワン」。
地域で何かを作るなら、その土地ならではの物語が大事だと語る先生。

鳥取大学では二十世紀ナシの親木から採取した酵母でお酒を作ったり、パン店のシンボルツリーだったオリーブの木から酵母を取り出し、その酵母でオリジナルのパンを作ったこともあります。
このほかにも、サクラ、イチゴ、カキ、ソバ、ヒノキ、大山のミズナラなど、地域の植物や果実、農産物などさまざまな地域資源から酵母を採取。そこからクラフトビールやパン、日本酒などの商品開発へとつなげてきました。

「単に“おいしい”だけではなく、「どこで」「誰が」「どんな思いで」など、その背景にあるストーリーそのものが商品の価値になるのだと私は思います。」

味だけの体験ではなく、地域の歴史や文化を知りながらの味わいは、体験そのものが豊かになる。その考え方は、ワインの世界で使われる「テロワール」という概念にも近いと先生は考えます。

土壌や気候、水だけでなく、目には見えないけれどその土地に存在する微生物や発酵条件もまた、地域の価値となる。そして、そこから生まれる酵母に地域資源としての価値観を与える思いから、「ローカル酵母」と児玉先生は呼んでいます。

世界でも珍しい、“変わった酵母”

児玉先生が注目しているのは、一般的な酒造りで使われる酵母だけではありません。
「酵母は世界に1500種類近く知られています。でも、食品に使われているのは本当に一部なんです」
パンやビール、日本酒などに広く使われているのは、「サッカロマイセス・セレビシエ」という酵母。長い歴史の中で、人類が利用してきた代表的な酵母です。

一方で児玉先生は、「非伝統型酵母」と呼ばれる、少し変わった酵母にも注目しています。その代表例が、ソメイヨシノや二十世紀ナシなどの花から採取した「ラカンセア酵母」でした。
この酵母の特徴は、アルコールだけでなく、乳酸も作り出すこと。通常、サワービールの酸味は乳酸菌によって作られますが、この酵母は酵母単体で酸味を生み出します。
このラカンセア酵母を使って、島根県江津市のクラフトビールブルワリー「株式会社石見麦酒」と共同開発したSOUR IPA L-52(石州和紙の原料であるトロロアオイの花から採取した酵母使用) は、後にビアコンテスト(ジャパン・グレート・ビアアワーズ2022 )で金賞を受賞することになります。
「最初に飲んだ時は衝撃でした。予想していた以上に、新しくて面白い味だったんです」
児玉先生が長年続けてきた植物病理学の研究では、成果が社会に届くまで何十年もかかることが当たり前。しかし一方で、発酵の研究では、酵母を見つけてから数か月後には、人が実際に口にすることができる商品になる。そのスピード感への驚きと喜びを先生は語ってくださいました。

大学だからできる、地域とのものづくりと「社会実装」

現在、児玉先生は地域企業や自治体との連携を積極的に進めています。

(写真は島根大学生物資源科学部と株式会社石見麦酒の連携協定締結式 2025年7月
昨年4月に島根大学生物資源科学部の先鋭研究部門に特任教授として就任以来、県内を始めとして日本各地のブルワリー、ベーカリーや大学、自治体などと連携して、地域の特徴的な素材(サクラ、カキ、ツツジ、ケヤキ、ツバキ、タケ、コーヒーなど多数)に由来するローカル酵母の探索と製品開発研究も進行中。

その中には、石見麦酒所在地である、波子駅構内サクラのサクランボ酵母によるビール、島根大学開発のサクラ品種‘本庄曙’の花から採取した酵母を活用したビール(農場サツマイモ使用)およびシードル(農場リンゴ使用)やパン、ケヤキ酵母を使った東京農工大学とのコラボビール、石川県珠洲市の“のとキリシマツツジ”酵母と地元のブルーベリーや米などを活用したビールなどがあります。さらに、研究室にはクラフトビール醸造用の発酵タンク設備を導入するとともに、酒類製造研究に必要な試験醸造免許5種類(ビール、発泡酒、清酒、果実酒、その他醸造酒)を2025年12月に新たに取得しました。

児玉先生が大切にしているのは、「研究室の中だけで終わらせないこと」。
地域事業者や酒蔵、ブルワリー、ベーカリーなどと連携し、実際に商品として世の中へ届けるところまでを視野に入れながら研究を進めています。
ただし、これまでのお話の通り、自然界に酵母は数多く存在していても、“使える酵母”はごくわずか。
採取した酵母を分析し、安全性や発酵能力を確認するには、専門的な設備や知識が欠かせません。そこに大学の役割があると児玉先生は話します。
現在所属する島根大学 生物資源科学部の先鋭研究部門では、「社会実装」も重要なテーマの一つ。研究成果を地域へ還元し、新しい価値を生み出していくことが求められています。
「大学には、さまざまな専門分野の研究者がいます。香りを分析する人、成分を解析する人、食品を評価する人。そういう知識を地域とつなぐことで、新しいものづくりができるんです」
さらに、
「大学の研究成果を、地域で活用してもらうことも地方国立大学の大切な役割だと思っています」
と語ります。
現在は、地域企業と協力しながら、ローカル酵母を活用した商品開発やブランドづくりにも取り組んでいます。
学生にとっても、こうした地域連携は大きな学びになると言います。インターンシップや共同研究など、実践的な学びの場としても広がり始めています。

学生へのメッセージ:「好きなこと」を見つけてほしい

最後に、児玉先生は学生たちへのメッセージをこう語ってくれました。
「自分が本当に興味を持てることを見つけてほしいですね。でも、それは今すぐじゃなくてもいいと思うんです」
実際、児玉先生自身がローカル酵母の研究に本格的に出会ったのは50代以降でした。
それ以来、興味のある全く異なった2つの微生物、“植物病原菌(有害微生物)“と“発酵菌(有用微生物)“、との研究生活を過ごしてきました。
「私は学生時代、そんなに立派な学生じゃなかったですよ」と笑います。実家がミカン農家だったことから農学部へ進学し、そのまま研究の道へ。若い頃にはバックパッカーとして海外を旅した経験もあるそうです。
そんな児玉先生が、卒業生によく贈っていた言葉が。

「Take it easy.(気楽にいこう)」

やるべきことをやったなら、あとは肩の力を抜いて進めばいい。人生のどこで、自分の好きなことに出会うかは分からない――。
地域の風土や文化を、“発酵”という形で未来へつなぐ児玉先生の挑戦は、これからも続いていくことでしょう。


PROFILE
児玉 基一朗(こだま・もといちろう)
島根大学 生物資源科学部先鋭研究部門 特任教授。
(兼)鳥取大学 農学部 名誉教授・特任教授。
専門は発酵微生物学、植物病理学。

愛媛県宇和島市出身。愛媛大学卒業後、名古屋大学大学院を修了。鳥取大学で30年以上にわたり、植物の病気の発生メカニズムを解明する研究に取り組む。2025年4月からは、島根大学において、地域の花や果実、樹木などから採取した「ローカル酵母」を活用し、地域企業や自治体と連携した発酵食品・飲料の開発を進めている。また、植物病理学関連では、ペルーとの国際共同研究によるバナナ病の防除研究も継続中。

「おいしい地域資源」をキーワードに、未利用地域資源の利活用や、地域に根ざした新しいものづくりによる地域活性化に取り組む。

ShimaDAYライター
りなぴィ
島根県松江市のデザイン会社勤務。
趣味はドライブと散歩。天気のいい日はいい景色や美味しいもの、ご当地ソフトクリームを求めて出かけることも。散歩中に市内の新しいお店や景色を見つけるのが楽しみ。

ShimaDAYライター
りなぴィ

島根県松江市のデザイン会社勤務。趣味はドライブと散歩。天気のいい日はいい景色や美味しいもの、ご当地ソフトクリームを求めて出かけることも。散歩中に市内の新しいお店や景色を見つけるのが楽しみ。

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