公開日 2026.09.03
医学部 岩田 淳 教授

外国人患者にも安心を届けたい。
人と向き合う力を育てる、医療英語教材の開発
島根大学WEBマガジン
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日本で暮らす外国出身者や海外からの旅行者が増える中、地域の医療機関でも、異なる言語や文化を持つ患者さんと、適切にコミュニケーションをとる力が求められています。
島根大学医学部の岩田淳教授は、外国人患者への問診や説明に加え、異なる文化背景への配慮を実践的に学ぶ教材や学習システムを研究・開発しています。今回は医療英語教育に取り組むようになったきっかけや、教材開発、海外研修を通して見えてきた学びについて伺いました。
目次
医学生に本当に必要な英語とは
「医学部で英語を教える先生」と聞くと、専門用語や医学論文を読むための英語を教えている姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、岩田先生が大切にしているのは、診察室で患者さんと向き合うためのコミュニケーションです。
患者さんがどのような不安を抱えているのか。どのような文化的背景を持っているのか。安心して症状を話してもらうには、どのように声をかければよいのか。
難しい英単語を覚えるだけではなく、相手の話に耳を傾け、信頼関係を築く力を身に付けることが、これからの医療には欠かせないと考えています。
現在、日本には多くの外国人が暮らしており、地方の医療機関においても、外国人患者への対応が求められる場面があります。島根県にも留学生や技能実習生などが暮らし、海外からの観光客も多く訪れています。
だからこそ、島根大学で学ぶ医学生にも、英語力だけでなく、異なる言語や文化的背景を持つ外国人患者さんと向き合う力を身に付けてほしいと岩田先生は話します。
約300人への調査から見えてきた「直接説明を受けたい」という思い

岩田先生が医療コミュニケーションの必要性を改めて感じるきっかけとなったのが、2025年12月に、日本で暮らす外国人患者を対象として実施したアンケート調査の結果でした。調査には、300人を超える外国出身者が協力しました。
近年は翻訳アプリやAIが進歩し、異なる言語同士でも、以前より簡単に気持ちを伝えられるようになりました。しかし調査では、翻訳ツールを介するだけでなく、「自分が理解できる言葉で、医師から直接説明を受けたい」という希望が多く示されたのです。
岩田先生はその結果から、患者さんは説明の内容だけでなく、医師が自分に直接伝えようとする姿勢そのものを受け取っているのではないかと考えています。
こうした考えから、教材もただ正しい英語表現を覚えるだけの内容ではなく、 患者さんの表情や不安、文化的背景に目を向け、その希望を適切に聞き取り、対応するための実践的なコミュニケーション力まで身につけられる内容を目指しています。
英語、異文化、医療を一緒に学ぶ海外研修
岩田先生は、学生が英語や異文化を実際に体験する機会もつくってきました。その一つが、ニュージーランドでの海外研修です。 岩田先生が島根大学へ着任した当時、医学部には学生を海外へ派遣する研修プログラムがありませんでした。
英語を学ぶだけでなく、海外の医療制度や医療現場について知り、異なる文化の中で生活する経験をしてほしい。そう考えた岩田先生は、ニュージーランドのワイカト工科大学に相談し、医学部生向けのプログラムをつくりました。
研修期間は約2週間。学生たちは英語を学びながらホームステイを経験し、現地の医療制度に関する講義を受け、医療施設を見学します。
ニュージーランドでは、体調を崩した際には、まず「GP」と呼ばれる地域のかかりつけ医を受診し、必要に応じて専門医へ紹介される仕組みが基本となっています。
こうした日本とは異なる医療制度を知ることは、海外について学ぶだけでなく、日本の医療を見つめ直すきっかけにもなりました。
研修は取材時点で16回目を迎え、毎年15名から20名程度、多い年には25名を超える学生が参加しています。
出発前は英語で話すことに不安を感じていた学生も、現地の医療従事者や学生、ホストファミリーと交流する中で、自分の英語が相手に伝わる経験を重ねることができるのです。
現地での交流を重ねる中で、完璧な英語でなくても、自分から相手に伝えようとすれば、相手も耳を傾けてくれ、自分の英語でも伝わると実感する学生もいるそうです。研修をきっかけに英語への苦手意識が薄れ、自分から行動できるようになる学生もいます。
また、海外の良さを知ると同時に、日本や島根の良さに気付く学生もいます。外から日本を見ることで、それまで当たり前だと思っていた医療制度や暮らしを、違う角度から考えられるようになるからです。
12のテーマで学ぶ、外国人患者とのコミュニケーション

海外研修や海外の医学教育機関との交流を続ける中で、岩田先生は、外国人患者とのコミュニケーションをより実践的に学べる教材づくりにも力を入れてきました。
現在開発しているのは、外国人患者の診察場面を再現したシミュレーション動画と、動画を活用したeラーニング教材、さらに生成AIを用いた医療面接練習システムです。
教材では、単に英語で問診する方法を学ぶのではなく、異文化理解や患者さんへの敬意、分かりやすい表現、多様な英語の発音への対応、ジェスチャーや図の活用、医療通訳や家族が同席する場合の対応など、外国人患者との診療で重要となる12のテーマを扱っています。
例えば、中国出身の患者さんが鍼灸や漢方を使った治療を希望する場面では、医師はその考えを否定せずに受け止め、医学的に必要な治療とどのように両立できるかを患者さんと一緒に考えます。ほかにも、宗教や文化的背景から、女性の医療従事者による診察や検査を希望する患者さんへの対応を行う場面など多様なシーンを扱っています。
相手の文化をすべて知っている必要はありません。しかし、「診療や治療について、何か配慮してほしいことはありますか」と尋ねることで、患者さんは希望や不安を話しやすくなります。教材では、英語表現だけでなく、そうした思いを引き出す問いかけ方も学びます。
表情や視線も、大切なコミュニケーション
医療面接では、患者さんの表情や声の調子、医師の視線や相づち、話を聞く姿勢など、言葉以外の部分もコミュニケーションに大きく関わります。
「それはつらかったですね」「大変でしたね」といった共感の言葉も、表現を覚えるだけでなく、場面や伝え方まで含めて学ぶ必要があります。
患者さんが「話を聞いてもらえた」と感じられれば、医師への信頼につながります。こうした信頼関係は、患者さんから症状や不安を正確に聞き取ることや、治療について十分に理解してもらうことにもつながります。
教材の制作では、スウェーデンのルンド大学の研究者をはじめ、国内外の医学教育、医療英語教育、ICTの専門家と連携してきました。英語教育の観点から優れた教材であっても、実際の医療現場で自然に使えるとは限りません。
そのため、臨床医や医学教育、ICTの専門家、他大学の教員とも連携し、実際の診療で使える表現や、学生が学びやすい構成を検討しています。
自分のペースで学び、繰り返すことで生まれた自信

教材が実際の学びにどうつながっているのか、授業を受けた医学部医学科3年生橋本裕二さんと石満裕子さんにも話を聞きました。
授業では、事前にeラーニングで動画を視聴し、対面授業で医師役と患者役に分かれて、英語での医療面接を実践します。
橋本さんは、朝の支度をしながら動画の音声を聞くなど、隙間時間を使って予習していました。授業の時間を有効に使えるよう、事前にその日のテーマや会話の流れを確認していたそうです。
初めは、英語を聞きながら話すことに難しさを感じていました。しかし、授業を重ねるうちに、以前使った表現を別の場面でも応用できることが分かってきました。難しい英語を話さなくても、シンプルな表現で医療面接を進められると気付き、少しずつ自信がついていったといいます。
石満さんも、はじめは英語力に不安がありましたが、繰り返し練習する中で、自分が使える表現が増えていきました。また、言葉を覚えるだけでなく、患者さんの話を聞く姿勢や、その人の考えを理解しようとすることも、医療面接の大切な要素だと感じたそうです。
授業では、生成AIが患者役を務め、学生が医療面接を練習できるシステムも試験的に導入しています。学生が英語で質問すると、AIが患者として答え、面接後には、質問の仕方や患者との関わり方などについてフィードバックが提供されます。授業後も自分のペースで繰り返し練習できるため、人前で英語を話すことに不安がある学生も、実践に向けて準備を重ねることができます。
教材を通して考えた、患者さんとの向き合い方

橋本さんの印象に残ったのは、宗教や文化、生活習慣など、患者さん一人ひとりの背景を踏まえて対応する場面でした。以前、仕事で海外を訪れた経験もあり、異なる文化を持つ人と接するときには、相手の背景を意識しながら話す必要があると感じていたそうです。
また、家族を交えた医療面接からも、多くの気付きがあったといいます。教材には、物忘れの症状がある患者さんを心配した妻が、診察に付き添う場面があります。医師は患者さんだけでなく妻にも声をかけ、治療を支えるチームの一員として話を聞きながら、今後の対応を一緒に考えていかなければなりません。

橋本さんはこの場面から、患者さん本人だけでなく、家族や医療通訳なども含めて話を進めることの大切さを感じました。同時に、現在の日本の医療現場では、こうした関わり合いがどのように行われているのだろうかと考えるきっかけにもなったといいます。
翻訳アプリやAIが進歩すれば、異なる言語でも言葉の意味を伝えやすくなります。それでも橋本さんは、医師が患者さんと直接向き合うことは、これからも必要だと考えています。
患者さんは、説明の内容だけでなく、医師の声の調子や話し方、視線などからも、この人を信頼できるのか、安心して話してよいのかを感じ取ります。相手に分かる言葉で話そうとする姿勢そのものが、患者さんとの距離を縮め、信頼関係を築くことにつながるからです。
学生のお二人は、授業を通して英語の表現だけでなく、患者さんの不安や希望に耳を傾け、家族やその人の背景まで含めて向き合うことの大切さを感じていました。
島根から国内外へ共有できる医療英語教育モデルを
地方の医療現場では、外国語に対応できるスタッフや医療通訳が常にいるとは限りません。こうした中、医師や看護師自身が基本的な英語で患者さんの症状や不安を聞き取り、必要に応じて医療通訳などの専門的な支援につなぐ力も重要になります。
現在の教材は医学生を主な対象としていますが、将来は地域で働く医師や看護師の研修にも活用できる可能性があります。今後は、動画教材やeラーニング、AIによるフィードバックなどを組み合わせ、その学習効果を検証していく予定です。
さらに、スウェーデンのルンド大学をはじめとする国内外の研究者と連携し、教育効果を検証しながら、他大学や海外の医学教育機関でも活用できる教育モデルに発展させることを目指しています。国や地域によって医療制度や患者さんの背景は異なりますが、分かりやすく説明し、不安や希望に耳を傾け、信頼関係を築くことの大切さは共通しています。
島根大学と海外の研究者との連携から生まれた教材を、地域や国を越えて活用できる教育モデルへ発展させるため、岩田先生は研究を進めています。
学生のうちに、自分の世界を広げてほしい

大学では英語を専攻し、アメリカ文学を学んでいた岩田先生。旅行が好きで、学生時代にはバイクにテントを積み、北海道から九州まで一人で巡りました。日本各地を自分の目で見たことで、「次は海外を見てみたい」という思いが生まれたそうです。
その後、アルバイトで貯めたお金を使い、初めてアメリカへ渡りました。自分で時間をつくり、お金を貯めて実現したアメリカへの旅を、岩田先生は価値のある「自分への投資」だったと振り返ります。
こうした学生時代の経験を踏まえ、岩田先生は学生に次のように呼びかけます。
「時間のある学生のうちに、いろいろなことを経験してほしいですね」
海外に限らず、旅行やアルバイト、サークル活動などを通して、普段とは異なる人や考え方に触れることも、自分の世界を広げるきっかけになります。そして、そうした経験を重ねることが、多様な価値観を知り、目の前の相手を理解しようとする姿勢にもつながるのだと岩田先生は考えています。
PROFILE
岩田 淳(いわた じゅん)
島根大学医学部医学科 医学英語教育学講座 教授。
島根大学医学部 副学部長。
島根大学グローバル化推進機構外国語教育センター センター長。
島根大学法文学部西洋文学語学専修卒業。シドニー工科大学大学院を修了し、修士(英語教育)を取得。
医療英語教育や異文化間の医療コミュニケーションを専門とし、外国人患者との医療面接を想定した動画教材、eラーニング教材、生成AIを活用した学習システムの研究・開発に取り組む。ニュージーランドでの海外研修に加え、スウェーデン・ルンド大学をはじめとする国内外の研究者と連携し、患者一人ひとりに寄り添う医療コミュニケーション教育を進めている。

ShimaDAYライター
りなぴィ島根県松江市のデザイン会社勤務。
趣味はドライブと散歩。天気のいい日はいい景色や美味しいもの、ご当地ソフトクリームを求めて出かけることも。散歩中に市内の新しいお店や景色を見つけるのが楽しみ。

りなぴィ
島根県松江市のデザイン会社勤務。趣味はドライブと散歩。天気のいい日はいい景色や美味しいもの、ご当地ソフトクリームを求めて出かけることも。散歩中に市内の新しいお店や景色を見つけるのが楽しみ。







