公開日 2026.07.22
人間科学部 豊島 彩 講師

人とのつながりが、人生を豊かにする。
「孤独」を見つめ、自分らしく生きるヒントを探る
島根大学WEBマガジン
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「一人でいること」と「孤独であること」は、同じではありません。
周りに人がいなくても、毎日をいきいきと過ごす人がいる一方、多くの人に囲まれていても孤独を感じる人がいます。その違いはどこにあるのでしょうか。
島根大学人間科学部講師・豊島彩先生は、社会心理学・高齢者心理学を専門に、「人とのつながり」と「心の健康」の関係を研究しています。高齢者を対象としたダンスプログラムやコラージュ制作、AIと地域コミュニティに関する研究など、一見異なるテーマの根底にあるのは、「人はどうすれば自分らしく、豊かに生きられるのか」という問いです。
豊島先生が研究を通して見つめ続ける、「人とのつながり」が人生にもたらす意味について伺いました。
目次
研究の原点は、「一人でも楽しそうに暮らす人」への興味

豊島先生が心理学の研究に魅力を感じたのは、大学院で学んでいた頃だといいます。
当時、社会とのつながりやストレス、ポジティブな感情が、高齢者の健康や寿命に影響を与えることを研究していた先生。
「心理学は『人の心を知る面白い学問』という印象でしたが、研究を進めるうちに、その知見が健康や暮らしにも深く関わることを知りました。」
心理学が人の役に立つ学問だと気づいたことが、研究者を志す大きなきっかけになったといいます。
「もう一つ、現在まで続く研究テーマにつながる出来事があります。
それは、自身の祖父母との関わりでした。祖父母世代の人たちと話をしていると、『一人でも全然寂しくないよ』と笑う人もいれば、『やっぱり寂しい』と口にする人もいる。同じように歳を重ねても、その感じ方は人それぞれでした。」
「年を取っても、一人の生活を楽しそうに過ごしている人は、何が違うのだろう。」
その素朴な疑問が、豊島先生の研究の出発点になりました。
現在の研究対象は高齢者だけではありません。しかし、「人はどのような人との関わりの中で安心感を得て、自分らしく生きられるのか」という問いは、一貫して先生の研究の軸になっています。
心理学は、「人が持つ力」を支える学問
「心理学というと、悩みを解決してくれる学問というイメージを持つ人も多いかもしれません。」
そう前置きしたうえで、豊島先生は少し首を振ります。

「心理学は病気を直接治すものではありませんし、公的な支援を行う福祉とも少し役割が違います。」
大切なのは、その人自身が持っている力を信じ、前を向くための後押しをすることなのだと先生はいいます。
「もちろん、必要であれば福祉や医療へつなぐことも重要です。しかし、それ以前に、本人が少しずつ立ち直っていく力を支えることこそ、心理学の役割だと考えています。」
人生には、つらい出来事も多い。家族との別れや病気、思い描いていた人生との違いに落ち込むこともある。そうした経験を受け止めながら、少しずつ前に進んでいく人たちの姿を見続けてきたからこそ、人には本来、乗り越える力があるのだと語る豊島先生。
心理学は、そうした人が持つ本来の力を引き出す「支えの学問」として位置づける姿勢は今日までの研究においても変わらぬ指針となっています。
心を元気にするのは、「人との交流」
豊島先生が携わった研究の一つに、高齢者を対象としたダンスプログラムがあります。
認知症予防というと、筋力トレーニングや体操を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし近年では、ダンスやボードゲームなど、人との交流を伴う活動は、認知症予防にも効果が期待されています。
ダンスには、体を動かすこと以外にもさまざまな要素があります。 音楽に合わせて体を動かし、振り付けを覚え、周囲の人と動きを合わせる。そして自然と会話が生まれ、新しい交流も始まります。
こうした身体・認知・社会的交流が組み合わさることが、認知症予防につながる可能性が期待されているのだそう。
「実際のプログラムでも、体操教室には行かないけれど、ダンスならやってみたいと参加した人は少なくありませんでした。懐かしい音楽に合わせて踊ることを楽しみに通う人。夫婦で参加し、新しい仲間と出会う人など。認知症予防だけではなく、人とのつながりが生まれる場になっていました。」 研究を通して豊島先生が実感したのは、心を元気にするのは運動だけではなく、人と関わる時間そのものなのだということでした。

コラージュが映し出す、「その人らしさ」

豊島先生が印象深い研究として挙げたのが、高齢者を対象としたコラージュ制作です。
コラージュとは、雑誌やチラシなどから好きな写真やイラストを切り抜き、一枚の作品に仕上げていく表現方法です。心理学や芸術療法では、自己表現の一つとして活用されており、 言葉だけでは表れにくい感情や価値観を知る方法としても注目されています。
「コラージュ制作では、参加者それぞれに同じ素材を用意しても、出来上がる作品は一人ひとり全く異なります。ある人は余白を大切にしながらお気に入りの写真を数枚だけ配置し、またある人は画面いっぱいに好きなものを貼り付ける。それぞれの作品には、その人の個性や価値観が映し出されていました。」
中でも豊島先生が今でも忘れられないのが、一人の高齢男性の作品です。 ファッション誌から若い女性の写真ばかりを切り抜き、一枚いっぱいに貼り付けた作品。本人も「なんでこんなのを作ったんだろうね」と照れ笑いを浮かべていたそうです。 もちろん、その場は笑いに包まれました。
しかし豊島先生の印象に残ったのは、その内容だけではありません。
「高齢者の方は、社会からの期待や『こう見られたい』というプレッシャーから少し解放されているように感じます。若い世代であれば、「周りにどう思われるだろう」とためらってしまうような表現も、高齢者は自然体で楽しむことができるのかもしれません。」
周囲の評価に縛られず、自分らしさを素直に表現できるようになる。そんな高齢者ならではの魅力を、研究を通して何度も感じてきたと笑顔で語る先生が印象的でした。
AIは人間の代わりではなく、「人を支える存在」

豊島先生は現在、AIやロボットと地域コミュニティの関係についても研究を進めています。
大阪大学や早稲田大学の研究者とともに取り組んでいるのは、「AIが地域の中に存在することで、人とのつながりや地域への愛着にどのような変化が生まれるのか」というテーマです。
これまでのAI研究では、一人ひとりとAIとの関わりに着目した研究が多く行われてきました。
一方、豊島先生が着目しているのは、その一歩先です。
例えば、地域の交流施設や大学にAIロボットがいることで、人と人との会話が増えたり、その場所への愛着が深まったりすることはあるのだろうか。
心理学だからこそ見える「コミュニティ全体への影響」を明らかにしたいと考えています。
一方で、AIとの付き合い方については冷静な視点も持っています。
「AIは人っぽく見えますが、人間ではありません。」
印象的だったのは、AI研究者から聞いたというこんな言葉です。
「AIは『りんご』を説明することはできます。でも、りんごが何かを理解しているわけではないんです。」
赤くて丸い果物であることは説明できても、人が思い浮かべる味や香り、思い出までは理解しているわけではありません。
「AIはきっと今後も、頼れる相談相手にはなります。でも、それはあくまでもサポートツールとしての位置づけ。人間の代わりになる存在ではないのかも。」

便利だからこそ、適切な距離感を持って付き合うこと。
AIが急速に身近になっている今だからこそ、その視点はますます大切になっていくでしょう。
「豊かな人生とは何か」を教えてくれた二人の祖父

自身の価値観に大きな影響を与えたのは、それぞれ異なる人生を歩んだ二人の祖父だったと先生は言います。
一人は東京で教師として活躍し、多くの教え子に囲まれていたお祖父様。
もう一人は地方で暮らし、晩年は寝たきりの生活を送っていたお祖父様。
若い頃の豊島先生は、「都会で活躍している祖父の方が幸せな人生なのだろう」と思っていたのだそう。
しかし、その考えはお祖父様の葬儀で大きく変わりました。
地方で暮らしていたお祖父様が亡くなったとき。
家族や親族が集まり、多くの人が涙を流しながら棺を囲んだそう。
「それまで私は、田舎で暮らす祖父を少しかわいそうだと思っていたんです。でも、あの日の光景を見て、本当に豊かな人生って何だろうと考えるようになりました。」
「自分のことを覚えていてくれる人がたくさんいる人生は、とても幸せなのではないでしょうか。」
人生の豊かさは、肩書きや成功だけでは測れない。 研究者としてだけでなく、一人の人間として大切にしている価値観です。
「自分らしさ」は、いろいろな価値観に触れることで育つ
最後に、島根大学で学ぶ学生や、これから進学を目指す高校生へのメッセージを伺いました。
豊島先生自身は千葉県出身。大学院進学を機に関西で学び、その後島根へと移り住みました。
異なる地域で暮らしたからこそ感じるのは、「一つの価値観だけが正解ではない」という先生は次にこう続けます。
「若い頃は、都会で暮らすことが一番だと思っていました。でも島根で暮らしてみると、自然が近く、人との距離も近い。そういう暮らしの魅力にも気づきました。」
最近では、レンタカーを借りて県内を巡る学生の姿を見る機会も増えたそうです。
大学で学ぶことだけでなく、その土地を知り、人と出会い、地方ならではの価値観に触れることも、大切な経験になります。
「周りがいいと言うものだけではなく、自分が本当に好きだと思えるものを、ぜひ突き詰めてほしい。」
好きなことに夢中になり、多様な価値観に触れ、自分らしさを見つけていく。
豊島先生が研究を通して見つめ続けているのは、人とのつながりが心の健康や暮らしにどのような影響を与えるのかという問いです。
人とのつながりを大切にしながら、自分らしく生きること。
その積み重ねが、誰かの記憶に残り、誰かとのつながりを育んでいく。
それこそが、豊島先生が心理学を通して問い続けている「人生の豊かさ」なのかもしれません。
PROFILE
豊島 彩(とよしま あや)
島根大学人間科学部講師。専門は社会心理学・高齢者心理学。
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。
高齢期の孤独感やソーシャルサポート、主観的幸福感など、「人とのつながり」が心や健康に与える影響をテーマに研究を行う。高齢者を対象としたダンスプログラムやコラージュ制作を取り入れた実践研究のほか、近年はAIやロボットと地域コミュニティの関係性にも着目し、人が自分らしく安心して暮らせる社会のあり方について探究している。

ShimaDAYライター
りなぴィ島根県松江市のデザイン会社勤務。
趣味はドライブと散歩。天気のいい日はいい景色や美味しいもの、ご当地ソフトクリームを求めて出かけることも。散歩中に市内の新しいお店や景色を見つけるのが楽しみ。

りなぴィ
島根県松江市のデザイン会社勤務。趣味はドライブと散歩。天気のいい日はいい景色や美味しいもの、ご当地ソフトクリームを求めて出かけることも。散歩中に市内の新しいお店や景色を見つけるのが楽しみ。







