公開日 2026.10.06

OB・OG

島根大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター 鬼形 和道 さん

医師である前に、一人の人間として。
患者に向き合い、若い医師を育てる

  • 島根医科大学(現・島根大学医学部)
  • 1985年卒業

島根大学WEBマガジン
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1985年に島根医科大学(現・島根大学医学部)を卒業し、小児科医として診療や研究に携わってきた鬼形和道先生。島根大学医学部附属病院の卒後臨床研修センターでは、前センター長として長年にわたり若手医師の育成に携わり、現在は特任教授として研修医の教育やプロフェッショナリズム教育に力を注いでいます。
知識や技術を身につけることは、医師になるための第一歩です。しかし、患者さんを前にしたとき、それだけでは答えを出せない場面もあります。相手の言葉をどう受け止め、自分の言葉をどう届けるのか。鬼形先生に、研修医を育てる仕事や、診療を重ねるなかで考えてきたことを伺いました。

目次

医師としての土台をつくる、2年間の臨床研修

医学部を卒業し、医師国家試験に合格した医師は、原則として2年間の臨床研修を受けます。内科や外科、小児科、産婦人科など複数の診療科を回り、指導医のもとで経験を積む期間です。
鬼形先生は、この2年間を「見習いの時間」と表現します。

医学部で6年間学んでいても、患者さんを前にすると、知識だけでは判断できないことがあります。医療安全や医療倫理、感染症対策、患者さんや家族との接し方。現場に出て初めて気づくことも少なくありません。

卒後臨床研修センターは、研修医が医師として歩み始める2年間を支える場所です。研修の進み方も、得意なことやつまずく場所も、一人ひとり違います。順調に経験を積む人もいれば、患者さんとのコミュニケーションに悩み、一度立ち止まる人もいます。

鬼形先生が見ているのは、研修の進み具合だけではありません。何に困っているのか、どのような支えがあれば前へ進めるのか。全員を同じ型に当てはめず、それぞれの様子を見ながら声をかけています。

診察室の外にも表れる、医師としての姿勢

 

研修医が学ぶのは、診断や治療の技術だけではありません。鬼形先生の授業では、病院内で起こり得る場面を収めた動画を使うことがあります。

杖をついた患者さんが待っているのに、同僚との会話に気を取られ、先にエレベーターへ乗り込んでしまう。食事中に患者さんの症状について話していたら、近くにそのご家族がいた。
どちらも診察室で起きたことではありません。それでも、病院で働く人が普段どこへ意識を向けているのかは、何気ない行動に表れます。

鬼形先生が研修医や学生へ伝えているのは、医師である前に一人の社会人であり、社会人である前に一人の人間であるということです。

医師は、患者さんの体や心の痛みに関わる仕事です。何を考え、なぜその対応を選んだのかを説明する責任もあります。一方で、自分ではきちんと振る舞っているつもりでも、周囲からは違って見えるかもしれません。

医師としてどうあるべきかを、自分の評価だけで決めることはできない。鬼形先生は、研修医にそのことを繰り返し伝えています。

自分と周囲を見つめる「俯瞰と匙加減」

 

(鬼形先生の机に置かれている、3Dプリンターで作られた自身のフィギュア )

鬼形先生が人を育てるうえで掲げている言葉に、「俯瞰と匙加減」があります。2019年に医学部長に就任した際、それまで医師として感じてきたことをまとめた言葉です。

医療の現場では、目の前の治療だけでなく、患者さんやご家族、看護師をはじめとする医療スタッフなど、周囲の状況を見渡すことが求められます。同時に、自分自身を少し離れた場所から見ることも必要です。

鬼形先生は、人生を一本の道にたとえます。ただ前へ進むのではなく、ときには足を止め、歩いてきた道を振り返ってみる。今いる場所を確かめ、この先に進む方向を考えるためです。
医療従事者の中では当たり前だと思っていたことが、病院の外では違って見えることもあります。医療従事者が社会からどのように見られているのかを知ることも、鬼形先生のいう「俯瞰」の一つです。

一方の「匙加減」には、薬の量を患者さんに合わせて調整するという意味があります。同じ薬でも、年齢や体重、体の状態が違えば、必要な量も変わります。

それは、人との関わりも同じだと鬼形先生はいいます。詳しい説明を求める人もいれば、まず話を聞いてほしい人もいます。医師が伝えたいことと、患者さんが聞きたいことが一致するとは限りません。

医療従事者として守るべきことを踏まえたうえで、相手に応じた言葉や対応を探る。どこまで、どのように伝えるかを見極める必要があります。

「自分の辞書」と「相手の辞書」は違う

 

日本語で話しているからといって、互いの思いまで同じように伝わるとは限りません。
鬼形先生は、患者さんとのコミュニケーションについて、「自分の辞書と相手の辞書は違う」と話します。

医師が丁寧に説明したつもりでも、患者さんには十分に伝わっていないことがあります。患者さんも、医師の前では遠慮して「分かりました」と答えるかもしれません。その場では会話が成り立っていても、それぞれが違う意味で受け取っていることがあります。

小児科では、子どもだけでなく、そばにいるご家族にも目を向けます。
子どもが発熱し、夜も眠れなかったと話す母親に、「熱があって眠れなかったのですね」と返す。さらに、「きっと、お母さんも眠れなかったのではないですか」と、現状を理解し、寄り添う気持ちを伝えることにも大きな意味があると考えます。

相手の言葉を繰り返すことで、話を聞いていることが伝わります。そこへ一言を加えると、子どもの症状だけでなく、ご家族の疲れや不安にも目を向けていることを示せます。

鬼形先生自身も、医師になったばかりの頃と現在とでは、「家族の見え方」が変わったと振り返ります。若い頃、診察室にいる子どもの母親たちは、自分より年上でした。その後、自身も親となり、今では祖父母の世代になりました。

同じ診察室にいても、自分の年齢や立場が変われば、気づくことも変わります。だからこそ、自分の経験だけですべてを理解したつもりにならず、相手の言葉に耳を傾け続けています。

すぐに答えを出さない「躊躇(ためらい)の作法」

医療の現場では、素早い判断が必要な場面があります。しかし、何でも早く決めればよいわけではありません。

鬼形先生が最近考えているのが、「躊躇(ためらい)の作法」です。

メールやSNSでは、思ったことをすぐに相手へ送れます。感情が強くなっているときほど文章は長くなり、言葉も鋭くなりがちです。急ぎでなければ、送信する前に10分、15分置いてみる。場合によっては一晩寝かせ、もう一度読み返します。

医療で判断するときにも、鬼形先生は一度立ち止まるようにしています。別の医師ならどう考えるか、同僚ならどう判断するか。研修医なら、どのような対応を選ぶだろうか。いくつかの立場から考えてから、自分の判断を見直します。

一度選んだ答えを正しかったと思いたくなるのは、自然なことです。しかし、その思いが強くなると、ほかの選択肢を必要以上に低く見てしまうことがあります。

人は間違えるものです。間違えた人だけを責めるのではなく、どのような状況で起きたのかを確かめ、同じことが起きにくい方法を考える。鬼形先生は「躊躇の作法」を、医療安全にも関わる考えとして捉えています。

医学部の外にいる人と話し、本を読む

島根医科大学の学生だった頃、鬼形先生はクラス代表を務めていました。講義に出る学生と、あまり出ない学生のどちらとも話し、クラスの間をつないでいたそうです。学生時代には、家庭教師やビアホールでアルバイトをしました。

鬼形先生によると、居酒屋などで働いた経験のある学生は、患者さんとの医療面接が上手なことが多いといいます。お客さんの様子を見ながら受け答えをし、忙しい店内で周囲へ目を配る。教室の中だけでは身につかない力があります。

現在も、同窓会などで同級生と話す機会は多いという鬼形先生。それだけではなく、市場で働く方や大工の方など、医療職ではない友人たちと定期的に集まって話しています。医学部や病院の中では当たり前だと思っていたことが、外に出れば違って見えることもあります。

鬼形先生は本を読むことも好きで、月に8冊を目標にしています。医学書に限らず、デザインや認知心理学、文学など、手に取る本の分野はさまざまです。2、3冊を並行して読むなかで、別々の本に共通する考えを見つけることもあるそうです。

本に書かれた内容をそのまま授業で紹介するのではなく、自身の診療経験や患者さんとのやり取りに引き寄せ、学生へどう伝えるかを考えます。授業では、「コピペは本当にいけないのか」「代理出産は許されるか」といった、正解が一つに決まらない問いも扱っています。

鬼形先生自身も、考えたことを10行日記に書き残し、心に残ったメールを保管して読み返しています。人前で話すことは、もともと得意ではなかったそうで、はじめのうちは原稿を用意し、話の上手な人から構成や間の取り方を学び、相手の反応を見ながら変えてきました。

人と話すことも、本を読むことも、自分とは違う見方に触れる機会になります。医学の外で得たものも、鬼形先生の授業や若手医師との関わりに生かされています。

自分とは異なる考え方に触れてほしい

 

最後に、島根大学で学ぶ学生や、これから大学を目指す人へのメッセージを伺いました。

鬼形先生が伝えたいのは、自分の想像力には限界があると知ったうえで、相手を理解しようとすることです。
自分としては相手のためを思って選んだ言葉でも、どのように受け取られるかは分かりません。医師や教員、組織の責任者になれば、自分の言動を評価するのは、患者さんや学生、周囲にいる人たちです。

大学生活では、ぜひ学部の外にも目を向け、さまざまな人と話してみてほしいと鬼形先生は話します。自分とは異なる価値観に出会うと、戸惑うこともあるかもしれません。しかし、その経験は、自分自身を見つめ直し、物事を俯瞰して考える力を育ててくれます。

患者さんやご家族、一緒に働く医療スタッフなど、多くの人と関わる医療の現場では、相手の立場や思いを想像し続ける姿勢が欠かせません。鬼形先生が大切にしてきた「俯瞰と匙加減」という言葉には、医師としてだけではなく、一人の人間として成長していくためのヒントが込められていました。


PROFILE
鬼形 和道(おにがた・かずみち)さん
島根大学医学部附属病院 特任教授(前・卒後臨床研修センター長)
1985年、島根医科大学医学部(現・島根大学医学部)卒業。群馬県出身。
群馬大学医学部附属病院などで小児科医として勤務し、2007年から2008年までシカゴ大学へ留学。2009年に島根大学へ着任。卒後臨床研修センター長、医学部長、附属病院副病院長、副学長などを歴任した。
卒後臨床研修センター長として長年研修医の育成に携わった後、現在は特任教授として、研修医の育成やプロフェッショナリズム教育に力を注いでいる。
専門は小児内分泌学、臨床遺伝学、甲状腺分子生物学。

ShimaDAYライター
まつD
島根県出身のクリエイティブ・ディレクター。
日々日々映像の世界にダイブしている映画ジャンキーなので慢性的寝不足。
島根を愛し、島根に愛されるオトコを目指して今日も様々なPR案件にチャレンジしている。

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