公開日 2026.10.30
松江市交通局 運輸課 安部 耕太郎 さん

よくなるためなら、なんぼでも汗をかく。
地域の移動を支え、アップデートする
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松江市交通局で、バスのダイヤや路線再編、安全運行などバス事業全般に携わる安部耕太郎さん。
運転士不足や人口減少など、公共交通を取り巻く環境が変わるなか、これまでと同じやり方を続けるだけでは、地域の移動手段を守ることが難しくなっています。
必要なのは、残すことと同時に、今の暮らしに合う形へ変えていくこと。その考え方の原点をたどると、島根大学で中山間地域の暮らしや移動について学んだ学生時代につながっていました。
路線を残す。そのために、まず仕組みを変える
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(島根大学自然科学研究科を修了し,今年から運転手として活躍している岡﨑さんと)
現在、安部さんは松江市交通局の運輸課で課長補佐を務めています。
担当するのは、バスのダイヤや路線再編、安全運行などバス事業全般。前職が旅行会社だった経験を生かし、ツアーの企画や添乗をすることもあります。
2004年に島根大学生物資源科学部を卒業した安部さんは旅行会社に就職し、その後、民間バス会社へ。2015年に社会人採用で松江市に入り、行政の立場から交通政策に携わってきました。国土交通省への出向も経験し、現在は交通事業者の現場に近い場所で仕事をしています。
振り返れば、立場を変えながら一貫して関わってきたのは、人の移動に関わる仕事でした。
いま公共交通が直面している大きな課題の一つが、運転士をはじめとする人材不足。2024年にはバス運転業務にも時間外労働の上限規制が適用され、全国各地で減便や路線廃止が課題になりました。
松江も例外ではありません。
だからといって、路線や便数を減らすことだけで対応するのではなく、その影響をできるだけ小さくする方法を探る。そのためにデータを分析し、運行の仕組みそのものを見直してきました。その一つが、一畑バスとの共同経営です。
安部さんは計画のたたき台づくりからダイヤ案の作成まで携わり、民間事業者とも調整しながら約1年をかけて新しい運行の形をつくりました。
以前と同じ形にこだわるのではなく、必要な部分を見直しながら、地域に必要な交通を残していく。それが安部さんの考え方です。
未来の運行を支える、働きやすい環境づくり
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(「バスの運転手に憧れていました」と話す女性運転手の安達さんと)
現地で話を聞くと、運転士不足にはもう一つの側面が見えてきました。
現在は日々の運行を回せていても、それだけで十分とは限りません。
例えば、子育て中の運転士が土日の勤務を減らしたいと希望をしたとき。一人ひとりの生活に合わせた勤務を組めるだけの余裕がなければ長く働き続けることが難しくなります。
インフルエンザなどで複数の運転士が休めば、運行そのものへの影響も避けられません。
だからこそ安部さんは、単に必要人数を確保するだけでなく、様々な働き方に対応できるだけの人員を確保していく必要があると考えています。
この春には、将来バス運転士になることを希望して高校卒業後に交通局に入った女性職員もいるそうです。免許を取得できる年齢になるまで、現在は別の業務に携わりながら準備を進めています。
公共交通を残すには、車両や路線だけでなく、そこで働く人が働き続けられる環境も必要です。
負担と利便性を、セットで考える
地域の路線バスは、運賃収入だけで維持することが難しい場合がほとんどです。行政による支援が必要になる一方で、交通事業者としてできることもあると安部さんは考えています。
それが、利用者にとっての価値を高めることです。
運賃や税金による負担を求めるだけではなく、その分、便利になった、使いやすくなったと感じてもらえる交通にしていく。便数や路線をどう残すかと同時に、利用する側のメリットも考えます。
観光客への対応も、その一つです。
松江では春から秋にかけて観光客が増え、特に秋は利用が多くなる一方、冬には状況が変わります。観光客だけに合わせて交通を組み立てれば、オフシーズンとのバランスが難しくなります。
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(ぐるっと松江レイクラインは木目を基調としたレトロな内装。座席には椿があしらわれている。)
そこで、観光客向けの「ぐるっと松江レイクライン」を生かしながら、普段の路線バスも旅行者が利用しやすいものにする。八重垣神社方面の路線でも、地域住民の移動だけでなく、観光客の動きや滞在時間も考えながらルートやダイヤを検討しています。
暮らす人の足を支える路線が、訪れた人にも使いやすい。限られた路線や車両を生かすためには、どちらか一方だけを見ないことも大切なのです。
ピクトグラムから接遇まで。心のバリアフリー構想
路線やダイヤだけではありません。安部さんがこれからさらに手を入れていきたいと考えているのが、案内の分かりやすさです。
例えば、松江城を通るバスにはお城のピクトグラムを、松江駅を経由する便には鉄道を表すピクトグラムを表示する。
文字だけではなく、ひと目で行き先を想像できるようになれば、初めて松江を訪れた人や、日本語を読むことが難しい外国人にとっても利用しやすくなります。文字の読み取りに困難がある人にとっても有効です。
(車体を傾けることで、乗降口と路面との高低差を小さくし、スロープの傾斜を緩やかにすることができる。)
こうした視点には、国土交通省への出向時に携わったバリアフリーの仕事も生きています。
現在の路線バス車両には、車いすで利用するためのスロープだけでなく、手すりや床、座席などの色や明るさにも基準があります。交通局で制作する印刷物でもUDフォントを使い、色の組み合わせに配慮。白黒にしても情報を判別できるか確認することもあるそうです。
さらに、設備や表示だけではなく、運転士の接客・接遇にも目を向けています。障がいのある当事者やその家族から直接話を聞く機会をつくり、利用する人の立場を知る研修につなげていく「心のバリアフリー」を実現する構想です。
公共交通のバリアフリーというと、車両や施設を思い浮かべがちです。しかし実際には、文字の見やすさや案内の仕方、乗務員とのやり取りまで含まれます。
案内表示の見やすさや運転士の対応も、利用する人にとってはバスの使いやすさを左右する大切な部分です。
路線図もポスターも。交通は「デザイン」できる

安部さんの仕事を聞いていて意外だったのが、デザインとの距離の近さです。
松江市交通局のホームページの記事やバナーなども、自ら制作しています。一畑バスの職員と協力してポスターをつくった際には、事業者ごとに別々に発信するのではなく、一緒に松江の交通を担っていることが伝わる見せ方を考えました。
全国各地への出張も、新しいアイデアを探す機会になっています。
訪れた地域で案内表示や車両、まち全体の見せ方が統一されていると、公共交通そのものが使いやすく感じられる。そして、良い制度や仕組みを見つければ、松江でも取り入れられないか考えます。
札幌を訪れた際には、地下鉄の子ども向け運賃制度に目が留まりました。安部さんは用務を終えるとすぐに、松江でも応用できないか関係者に相談したそうです。
制度を変えるには、資料をつくり、関係者と調整し、必要な手続きを進めなければなりません。
札幌で見つけた仕組みを、その日のうちに松江でできないか相談する。このエピソードにも、安部さんの行動の早さが表れています。
日南町で見た「暮らしと移動」が、今の原点に
こうした地域交通を見る視点の原点は、島根大学での学生時代にあります。
島根大学では、林学をベースに、中山間地域の暮らしや生活基盤について学びました。
特に記憶に残っているのが、鳥取県日南町で行った調査です。
約2週間現地に滞在し、住民が一日の中でどこへ行き、どのように移動しているのかを記録する「アクティビティダイアリー」に取り組みました。他大学の学生や教員とともに地域に入り、中学生向けの寄宿舎に泊まりながら調査。町も全面的に協力し、食事は給食センターから提供されたそうです。
農業や林業が営まれる中山間地域で、人はどう暮らし、どう移動するのか。
調査を通して、安部さんは目の前の生活だけでなく、10年後、20年後の地域についても考えるようになりました。
現在、人口やまちの変化を見ながら公共交通の将来を考えている仕事とも重なります。
もっとも、入学当初から研究一直線だったわけではありません。1、2回生の頃は勉強への向き合い方も今とは違い、専門的な内容を学び始めた3回生頃から大きく変わったそうです。
卒業研究のテーマは「木次線の存在価値」。
大学時代に考え始めた地域と移動の問題は、卒業後20年以上たった今も、形を変えながら続いています。
19歳で大型免許。ばらばらだった経験が、あとでつながった

研究以外にも、今につながる経験がいくつもありました。
19歳で大型免許を取得し、教習所の送迎バスを運転するアルバイトを経験。研究室では、先生たちが出張するときの切符や航空券を手配していました。
家庭教師やゴルフ練習場など、アルバイトもさまざま。高校3年生ではゴルフの国体にも出場した経歴も。
当時から交通の仕事を目指していたわけではありません。
ただ、乗り物や移動が好きで、興味を持つと深く入り込む。その積み重ねが、卒業後に旅行会社、バス会社へ進み、現在の仕事へと続いていきました。
大型二種免許を持ちながらも、現在の立場では営業運転する機会はないというお話も。
学生時代から大型車を運転してきた安部さんですが、現在はバスを構内で移動させる際などにハンドルを握る程度なのだそう。
日常の運転から、災害時の移動まで
2026年10月、安部さんは国土交通省のTEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)予備隊員に登録されました。
TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)|国土交通省水管理・国土保全局
TEC-FORCEは、大規模な災害が発生した際に、被災地の支援にあたる国土交通省の派遣体制です。予備隊員は、災害対応に関する知識や経験を持つ人材が登録され、必要に応じて活動します。
安部さんが担うのは、旅客交通に関わる分野。例えば災害によって鉄道が寸断された場合、代替となるバスをどう確保するのか。交通事業者や関係団体と情報をつなぎ、人の移動を確保するための調整に携わります。
普段は松江の路線バスを支えていますが、災害時には地域を越えた移動の確保にも関わることになります。
「活動しないに越したことはない」と安部さん。
災害が起きないことが何よりですが、必要なときに動けるよう備えておく。これもまた、人の移動を支える仕事の一つです。
完璧を待たず、少しずつ良くしていく
新しい仕組みを考える以上に大変なのが、それを実現するための調整です。
公共交通には、利用者、運転士、交通事業者、行政など多くの人が関わります。立場が違えば、当然考え方も異なります。
これまで続けてきたやり方を変えようとすれば、慎重な意見が出ることもあります。
そんなとき安部さんが意識しているのは、最初から100点を目指しすぎないこと。
まず70点、80点でも動かし、問題があれば修正する。毎年少しずつ改善すればいい。社会や制度が変わっているなら、それに合わせて仕組みも見直していく必要があります。
「アップデート」は、単に新しい技術を取り入れることではありません。
今あるものを残すために、その時々の状況に合わせて見直し続けること。
路線再編も、案内表示も、バリアフリーも、その時々の状況に合わせて見直していくという点では共通しています。
AIが広がっても、人にしかできない仕事は残る

安部さんが考える「アップデート」は、AIや自動運転など、これからの技術との向き合い方にも通じています。
松江市ではICカードの利用が広がり、人の移動に関するデータを蓄積できるようになってきました。こうしたデータとAIを組み合わせれば、路線やダイヤの検討、運転士の勤務管理などを効率化できる可能性があります。
現在は人が時間をかけて行っている複雑な作業を省力化できれば、限られた人材を別の仕事に振り向けることもできます。
一方で、AIや自動運転が広がっても、すぐに公共交通から人がいなくなるとは考えていません。
どの条件をAIに与えるのか。どの路線なら自動運転と相性がいいのか。地域の変化をどう読み取るのか。最後に判断するのは人です。
一度新しい仕組みをつくっても、そこで終わりでは意味がありません。
人口も、暮らし方も、技術も変わります。そのたびに3年、5年という単位で見直し、その時の松江に合った形へ調整していく。
一度決めた路線やダイヤを、そのまま10年、20年続けるのではなく、人口や利用状況、技術の変化に合わせて見直していく。安部さんが何度も口にした「アップデート」は、そうした日々の仕事そのものを指しているようです。
大学で学んだことは、卒業後もどこかに残る

最後に、島大生やこれから大学へ進む人に伝えたいことを聞きました。
「興味を持ったことに、とことんチャレンジしてほしい」
安部さん自身、転職を経験し、大学で学んだ内容とは一見違う仕事にも就いてきました。
それでも、中山間地域で暮らす人の生活を調べた経験や、その地域の10年後、20年後を考えたことは、現在の仕事の根底にあります。
大学で学んだことが、そのまま職業になるとは限りません。けれど、興味を持って掘り下げたことや、自分で動いて得た経験は、思わぬところで再びつながることがあります。
学生時代に考えた中山間地域の暮らしや、木次線の存在価値。それから20年以上たった今も、安部さんは松江で地域の移動を考え続けています。
PROFILE
安部 耕太郎(あべ・こうたろう)
松江市交通局 運輸課 課長補佐。
路線再編推進室室長補佐、安全統括管理者を兼務。中国運輸局・鳥取県の公共交通アドバイザー、国土交通省TEC-FORCE予備隊員も務める。
松江市出身。2004年、島根大学生物資源科学部地域開発科学科卒業。
旅行代理店、鉄道系バス会社を経て2015年に松江市入庁。国土交通省への出向を経て、2021年から松江市交通局に勤務。

ShimaDAYライター
まつD島根県出身のクリエイティブ・ディレクター。
日々日々映像の世界にダイブしている映画ジャンキーなので慢性的寝不足。
島根を愛し、島根に愛されるオトコを目指して今日も様々なPR案件にチャレンジしている。

まつD
島根県出身のクリエイティブ・ディレクター。
日々日々映像の世界にダイブしている映画ジャンキーなので慢性的寝不足。
島根を愛し、島根に愛されるオトコを目指して今日も様々なPR案件にチャレンジしている。









